大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)12725号 判決

原告

宮元志け子

ほか一名

被告

田中矩仁雄

主文

一  被告は、原告宮元志げ子に対し、金四一三万一九五〇円、原告松林利男に対し金二三六万八七四八円及びこれらに対する昭和四六年一月一五日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告との間に生じた分はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とし、参加により生じた費用は補助参加人の負担とする。

四  この判決は第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は

(一)  原告宮元志げ子に対し、金一〇四八万八六四〇円及び内金八二七万四〇二五円に対し昭和四六年一月一五日から、

内金二二一万四六一五円に対し昭和四七年七月二〇日から、

(二)  原告松林利男に対し金五五七万二七四三円及び

内金三六三万五七六三円に対し昭和四六年一月一五日から、

内金一九三万六九八〇円に対し昭和四七年七月二〇日から

それぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

原告らは次の交通事故によつて傷害を受けた。

なおこの際、原告松林利男(以下単に原告松林という)は、その所有に属する後記原告車を損壊された。

(一)  発生時 昭和四四年六月一三日午後一一時二〇分頃

(二)  発生地 東京都葛飾区東金町七丁目三一番

(三)  被告車 普通乗用自動車(足立五み一八三五号)

運転者 被告

(四)  原告車 普通乗用自動車(足立五せ一二七一号)

運転者 原告松林

被害者 原告松林、原告宮元志げ子(原告車に同乗中。以下原告宮元という。)

(五)  態様

被告車が前記路上を進行中回転を始め、対向車線を走行中の原告車前部に衝突したもの

(六)  原告らの傷害部位程度

〈省略〉

(七)  後遺症

(原告宮元)

(1) (症状)頭部外傷後遺症、頸椎捻挫により、頭痛頂頸部痛、左上肢運動障害、肩凝、視力障害(左〇・二、右〇・三、視力低下、複視、飛蚊症)、右顔面知覚障害、右末梢性顔面神経麻痺、右下肢筋力減退、筋緊張低下、顔面の醜形、左顔球幅奏運動障害、第三乃至第六頸椎の異常可動性、第二頸椎椎間孔の狭少化、軽微な脳波異常

(2) 以上は労災等級六級に該当する。

二  (責任原因)

被告は本件事故当時泥酔したうえ、車を運転し、しかも車のタイヤが著しく摩粍しているのに速度を出しすぎ、ハンドル操作を誤つたため被告車を二、三回転させて原告車に衝突させた過失があつたから不法行為者として民法第七〇九条により本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

三  (損害)

(原告宮元分)

(一) 治療費等 金四六二万八一四〇円

(1) 治療費 金四六〇万〇三四〇円

(2) 入院雑費 金二万七八〇〇円

(入院一三九日間につき一日二〇〇円の割合)

(二) 休業障害 金四五万〇五〇〇円

原告宮元は信興電機株式会社の従業員であつたところ本件事故により次のような休業を余儀なくされ、右の損害を蒙つた。

(休業期間) 昭和四四年七月から昭和四五年一一月三〇日

(事故時の月収) 金二万六五〇〇円

(三) 逸失利益 金三三〇万二四三〇円

原告宮元は前記後遺症により、次のとおり将来得べかりし利益を喪失した。その額は次のとおり金三三〇万二四三〇円と算定される。

(生年月日)昭和五年一二月一七日生

(稼動可能年数)二四年

(労働能力低下の存すべき期間)二四年間

(労働能力喪失率)六七%

(年五分の中間利息控除)ホフマン複式(年別)計算による。

(四) 慰藉料 金二三六万円

原告宮元の本件傷害及び後遺症による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み右の額が相当である。

(五) 損害の填補 金一〇〇万円

原告宮元は自賠責保険金一〇〇万円の給付を受けたのでこれを前記損害金の一部に充当した。

(六) 弁護士費用 金七五万円

(原告松林分)

(一) 治療費等 金三九四万七七九五円

(1)治療費 金三九三万〇一九五円

(2)入院雑費 金一万七六〇〇円

(入院八八日間につき一日二〇〇円の割合)

(二) 休業損害 金一〇五万円

原告松林は信興電機株式会社代表者であつたところ、本件事故により、次のような休業を余儀なくされ、右の損害を蒙つた。

(休業期間) 昭和四四年八月一日から昭和四五年二月末日

(事故時の月収) 金一五万円

(三) (慰藉料)金七八万円

原告松林の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み、右の額が相当である。

(四) 物損

(1) (車両損害)金二四万四九四八円

原告松林は、本件事故発生の四四日前に原告車を金九五万六五〇〇円(車両代金七九万四五〇〇円、附属品代金一六万二〇〇〇円)で購入したが、原告松林が加入していた車両保険から金四八万四八八五円を受領し、右金員を以てしても修理不能であつたので、スクラツプとして金一九万円で売却した。

従つて、右車の取得価額から受領金合計金六七万四八八五円を控除すると金二八万一六一五円となるところ、自動車は一ケ年使用で三〇万円の減価となるため(一ケ月当り二万五〇〇〇円)原告松林が使用した四四日間の減価額金三万六六六七円を更に控除した金二四万四九四八円が損害となる。

(2) (積荷損害)金一八万円

本件事故当時、原告松林は生駒電子産業株式会社からの預り品であるトランシーバー一〇〇台を原告車のトランクに積んでいたところ、本件事故によりこれが破損して金一八万円の損害を受けた。

(五) 損害の填補 金一〇〇万円

原告松林は自賠責保険金一〇〇万円の支給を受け、これを前記損害金の一部に充当した。

(六) 弁護士費用 金三七万円

四  よつて、被告に対し

(一)  原告宮元は金一〇四八万八六四〇円及び内金八二七万四〇二五円に対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年一月一五日から、内金二二一万四六一五円に対する昭和四七年七月二〇日から、

(二)  原告松林は金五五七万二七四三円及び内金三六三万五七六三円に対する前記昭和四六年一月一五日から、内金一九三万六九八〇円に対する昭和四七年七月二〇日から、それぞれ支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四被告及び被告補助参加人(以下被告らという)の事実主張

一  (請求原因に対する認否)

第一項中(一)乃至(五)及び原告車が損壊したことは認める。(六)のうち傷害の事実は認めるが、部位程度は不知。(七)は否認する。

(一)  原告宮元志げ子の後遺障害の程度につき

東京女子医科大学病院医師朝倉哲彦作成の鑑定書(以下朝倉鑑定の結果という)によれば、原告宮元の後遺障害は、頸椎の椎体の変化(第五頸椎の軽度萎縮)、運動時の配列の変化、前屈位における第四乃至第六頸椎の配列異常)及びそれらに伴う不定愁訴並びに顔面を含む瘢痕の醜状よりなり、これらを個々に労災保険級別等級表にあてはめて加算すれば、次のとおりとなり、綜合的には六級と判定し得るとする。

(イ) 女子の外貌の醜状(七級一二号)

(ロ) 脊柱の運動制限(八級 二号)

(ハ) 神経障害(九級一四号)

そこで以下個別に検討する。

(二)  女子の外貌の醜状

朝倉鑑定の結果によれば、原告宮元の右前額部より側頭部にかけての皮膚瘢痕の醜状につき、「著しい醜状を残す」として労災保険等級七級一二号に該当するとされるが、外貌における「著しい醜状を残すもの」とは、原則として、頭部にあつては、掌大(指の部分は含まない)以上の瘢痕で人眼につく程度のものをいい、髪等でかくれる場合はこれに該当せず、顔面部にあつては、鶏卵大面以上の瘢痕、五センチメートル以上の線状痕又は一〇円銅貨大以上の組織凹陥(人に擦れ違つても他人の注目を引く程度のもの)であることを要するところ、同原告の醜状の程度がこれに達することについては、これを証するに足る証拠は全くない。

かえつて右鑑定の結果によれば、顔面を含む醜状は、形成外科的手術を行わない限り、存続すると考えられるが、凡そ七年を経過すればそれ程目立たなくなるであろうとの記載があつて、軽度のものであることを窺わせる。

原告宮元の外貌の醜状は著しい程度には到底達せず一二級一四号に該当するにすぎない。そして右のような障害ならば、昭和五年一二月七日生の現在四二才の中年の女子である同原告にとつては同原告主張の現在の業務の内容からしても、労働能力とは全く無関係のものというべきである。

(三)  脊柱の運動制限

朝倉鑑定の結果によれば、レントゲン所見として「頸椎」につき、「第五頸椎の椎体の軽度の萎縮」と「前屈位における第四、五、六頸椎の配列異常」をみとめるとされるが、同原告のレントゲン写真(〔証拠略〕)によつても、殆どその異常は感ぜられない。

そもそも労災保険等級八級二号にいわゆる「せき柱に運動障害を残すもの」とは脊柱の運動範囲の制限がその生理的運動範囲の二分の一以上に達していないが(それが二分の一以上に達すれば六級四号に該当する)、ほぼ二分の一程度にまで制限されたもの又は荷重機能に障害が認められるものをいうのである。原告宮元につき脊柱の運動制限とされるものは、頸椎の椎体の変化(第五頸椎の軽度萎縮)、運動時の配列の変化(前屈位における第四、五、六頸椎の配列異常)にすぎず、その運動範囲の制限がその生理的運動範囲のほぼ二分の一程度に達するとは到底いえないから、同原告の右障害の程度は到底右級号に該当するものではなく、又「せき柱に奇型を残すもの」(一一級五号)にも該当しない。蓋し、「せき柱に奇型を残すもの」(一一級五号)とは「裸体になつたとき又はレントゲン写真によつて脊柱の一部又は脊椎の一部に骨折による明らかな変形(欠損を含む)のあることがわかる程度以上のものをいい、この程度に達しないレントゲン写真によつてわずかに見出され得る程度の脊椎骨の変形は、これに該当しないし、労災保険上後遺障害ともみていないからである。

同原告程度のものは、少くとも労災保険上後遺障害とみるに足りない(労災保険が後遺障害とみていないことは、一般論としても、労働能力の喪失がないとみてよいであろう)。

(四)  神経障害

「同原告の神経障害としては、自覚的愁訴を主体とし、わずかに右前額部より側頭部にかけての皮膚瘢痕部の知覚鈍麻を認め得るにすぎず、意識清明、知能正常であつて情緒的に不安定なところや、脳神経系に異常なく、視神経萎縮も認められず、運動機能、知覚機能、反射機能、小脳機能に異常がない。

従つて同原告の神経障害は、労災保険上せいぜい一二級一二号に該当するにすぎないというべきである。

第二項は否認する。

第三項のうち、

原告宮元分につき、

(一)  同原告が自賠責保険金一〇〇万円を受領したことは認める。入院雑費、慰藉料、弁護士費用の点は不知、その余の事実は否認する。

(二)  同原告は休業損害を主張するが、本件事故当時同原告が信興電機株式会社に勤務していた事実はない。同原告は原告松林と妾関係にあつたもので同原告から手当を受けていた実情にある。従つて原告宮元に休業損害のあるべき筈はない。逸失利益についても同原告が就労していた事実がなく、又は近い将来就労する可能性も窺われない以上同原告の逸失利益を肯定すべきものではない。

第三項のうち、

原告松林分につき、

(一)  同原告が自賠責保険金一〇〇万円を受領したことは認める。入院雑費、慰藉料、弁護士費用の点は不知、その余の事実は否認する。

(二)  原告松林の症状は本人の自覚的愁訴を主体とし、他覚的症状は明らかでない。〔証拠略〕によれば頸椎椎体の配列異常、脳波異常を示す模様であるが、同椎体の配列異常は、変化退化と思われる側彎異常で骨折、脱臼、極度の狭小はないようであるから、外傷性のものとは思われず、脳波異常の内容は明らかでない。しかるに同原告は虚偽の治療内容を主張しているか少くとも不相当の治療を反復継続しているにすぎないので、同原告の休業損害の請求は、認められない。

なお、同原告が経営していたという信興電機株式会社松戸工場(同会社は同所でしか営業をしていない)は、その敷地が昭和四五年国鉄に買収されるに当り、三〇〇万円内外の立退料を得てその頃立退いており、その後事業を継続した形跡はなく、昭和四六年一一月一五日解散登記済である。

(三)  原告松林は多額の車両損害を主張するが、原告車は修理代金四九万四、八八五円を要したところ、同原告が原告車を修理復元することなく一九万円で売却した結果、仮に損失を生じたとしても本件事故と因果関係あるものではない。

同原告については、保険金額との差額(免責額)一万円を認めれば十分である。

二  原告らの治療費の請求に対する主張(原告両名とも同様の問題があるのでここで併せて述べる。)

(一)  原告らの篠宮医院における治療は、水増し又は仮装されており、少くとも不相当であつて右治療費を被告が負担すべきいわれはない。以下診療内容、治療費等を検討することによつてその点を明らかにする。

(二)  原告宮元の診療の程度、治療費について

(1) 原告宮元は、昭和四四年六月一三日から同年七月一八日まで(三六日間)東京都葛飾区内の第一病院に入院、同月一九日から同年一〇月二〇日まで(九四日間)通院、同月二一日から翌四五年一月三一日まで(一〇三日間)東京都江東区内の篠宮医院に入院、同年二月一日から同医院に通院してなお現に通院中であるという。その明細は別表第一のとおりである。

(2) 然しながら、右診療は余りにも長期にわたり、特に篠宮医院における治療法は、神経節遮断療法(星状神経節ブロツク、後頭神経ブロツク法)を主体に牽引、電気療法、投薬、注射等単なる対症療法に終始し、治療費は余りにも高額であるのに、この間はほとんど症状の改善がみられていない。

右星状神経節ブロツク法は局部麻酔剤で神経を麻痺させ血行改善によつて治療的効果をあげることにあるが、局部神経の麻痺を伴うため、悪用は危険を伴い、その副作用を注意しなければならない。

従つて右療法を一定期間(二〇~三〇回)使用することは肯定されても、連続長期にわたる使用は他に類例なく、その効果は極めて疑問視されている(甲第九、第一一、第一三の注射料の記載中「その他」が右ブロツク療法を指すものと思われるが、そうすると昭和四七年七月一九日現在既に三〇〇回の多きに達している)。又は牽引についても、昭和四七年四月三〇日まで、実治療日数四〇四日中四〇四回行つている。この点はマイクロウエーブ法でも同じである。

本来頸椎損傷は頸椎軟部組織の裂断等を主にすると考えられているから、急速な牽引や無意味な長期牽引はその部位を離開裂断して修復を妨げ、筋弛緩状態の癒合となり支持力の著しい低下を招くとさえいわれている事実を注視すべきである。原告宮元については、既に精神科領域の診療も必要とされる実状にあつたというべきであろう。

本来改善の見込のない長期の治療は、ただ患者の一層の病感の中毒化を誘い悪化させているとしか考えられない。

原告宮元については、既に昭和四四年一一月二八日(後遺症確定時期)の段階で、右方法による治療を打ち切り、乃至はこれを制限して精神科領域の治療方法を併用すべきであつたといえよう。

(三)  原告松林の診療の程度及び治療費について

(1) 原告松林の診療の明細は別表第二のとおりである。

(2) 然しながら右治療は原告宮元につき述べたと同様余りにも長期にわたり、特に篠宮医院においては、ブロツク療法、牽引療法を多用し(特に昭和四五年一〇月四日より四七年四月三〇日までの間に診療実日数は一六四日であるのに、ブロツク療法と思われる「その他」は、これを上廻る二二一回に及び牽引療法は、実治療日数三八三日であるのにこれを上廻る四〇六回に及び、マイクロ法も同様である)、治療費は余りにも高額であつて(特に昭和四五年一〇月四日より四七年四月三〇日までの実治療日数は通院一六四日であるのに治療費計一九五万一七一五円に達し一日当り一一、九〇〇円強に当る)、この間ほとんど症状の改善はみられていない。

原告宮元につき既述した如く、原告松林になされた治療方法はすべてその効果を期待し得るものではないのみか、かえつて副作用のおそれなしとしない(原告松林につき精神科的療法を考慮すべきは、原告宮元におけると同様である。)。

(四)  原告らの篠宮医院の治療実日数と各治療の合計回数は別表第三のとおりである。

(五)  そして原告らの症状が決して好転しているとも思われないのに原告らは、他の大学病院、国立病院等有力病院にかかろうともせず、せつせと篠宮医院に二人して同時に通院し、実に八〇〇万円余にのぼる治療費を支払つているのは何故であろうか。

原告らの治療態度は不審の限りという他ない。

(六)(1)  一体原告らが右のように長期間にわたり、かつ頻繁に治療を受けたであろうか。

原告松林の篠宮医院における治療実日数は三八三日にすぎないのに、牽引療法、マイクロウエーブ療法のいずれもが四〇四回となり治療実日数を上廻ること二一回に及ぶのは何を意味するのであろうか。

これらの治療が水増しされていると考える以外にあるまい。

(2)  又、星状神経節、後頭ブロツク療法(これらを合計して示したのは、昭和四五年一〇月一三日から昭和四七年四月三〇日までの分が合計数のみ示し、内訳が明らかでないことによる。)が治療実日数を上廻り四五〇回をこえているのも、その麻酔療法であることを考慮すると極めて疑わしいし、投薬、注射も回数が多過ぎるといえよう。

これを原告らが篠宮医院に入通院する以前の第一病院の治療方法、治療費(これが通院と思われる。)に比べればその異常さは明らかである。

(3)  更に篠宮医院においては、原告らのカルテを出し渋り(裁判所に送付されたのも写である。)、被告の調査に対してもカルテが見当らないと答え、裁判所の送付嘱託に対し、送付されたカルテの写(乙第一七号証の一、二)をみるも、その全部を通じ年月日がゴム判を以て整然と押されており、その作成の体裁も酷似していて後から一度に作られたものでないかを疑わせるものがある。

特に右記載によれば、昭和四五年一一月三日(祭日)昭和四六年一月二日(新年)の両日に、原告ら両名も診療を受けているとされており、ことに正月二日に来診したものであるならばきわめて異例である筈で、診察した篠宮医師にその診療時の記憶がなければおかしいと思われるのに、当法廷では全く記憶がない旨述べている点疑を深めるものがある。

なお、少くとも昭和四五年一〇月一三日以降昭和四七年一〇月五日まで二年間にわたり、一日の狂いもなく原告ら両名が何らの支障もなく同時に、通院加療したとされているのもおかしなことである。

又乙第一七号証の一、二には、原告ら両名とも昭和四七年九月一四日(木)、九月一八日(月)、九月二二日(金)に同じく篠宮医院に通院治療を受けている旨の記載がある。ところが被告の調査によれば、右の日を含む昭和四七年九月一二日より同月二二日までの間に(但し、九月一七日(日)を除く)、原告松林が同医院を来訪した事実は全くない(このことは原告宮元が通院した事実のないことを裏付ける)。

従つて少くとも右の部分に関する右乙第一七号証の一、二の記載は虚偽であり、そのことは右カルテ全部が後日形を整えるために作成された虚偽のものであることを物語るものといえよう。

(七)  以上にみた如く、被告らは原告らの篠宮医院における治療は、その経緯に照して水増し乃至は仮装のものと主張するが、仮に原告ら主張のとおりの治療が現実になされたとすれば、それは、正に過剰診療、濃厚診療というべく、このような治療を受けることは患者の自由ではあるが、それを交通事故に因果関係あるものとして加害者に負担させることは許されない。

(八)  本来損害賠償額は、被害者の全損害ではなく、事故と相当因果関係のある範囲に限定される。

この点は医療費にあつても同様である。

被告の賠償すべきものは、治療費にあつても通常必要であり、かつ相当とされる治療費に止まり、原告らの恣意によりなされた医療費まで被告が賠償すべきいわれはない。

既に裁判所は、被害者が既に支払、又は支払を約した弁護士費用に対してさえ、これを制限し、加害者の賠償すべき請求認容額の一割相当額を事故と相当因果関係あるものとしてとらえる傾向にある。

医療費にあつては尚更当然の事理としてとらえられなければならない。

本件にあつて原告らに対する診療行為が異常に回数多く、かつ、長期にわたり、その効果がほとんどみられないのに、反復継続されていること、その医療費がきわめて高額であることは、到底通常の医療費と目し難い。

而も、篠宮医院においては、原告宮元につき、昭和四四年一一月二八日症状固定を認めている以上、同日以降の治療費は、本件事故と因果関係ないものというべく、これを被告に転嫁負担させることは許されない。

三  (事故態様に関する主張)(被告のみ)

(一)(1)  本件事故現場は、国道六号線(水戸街道)上で、中央にセンターラインがあり、片側二車線となつている。被告車進路方向本件事故地点の約四〇メートル手前に信号機の作動している交差点があり、同交差点通過直後の地点に、高さ約一〇糎、幅員三乃至四メートルの道路工事跡の盛土があつた。

被告車の進路方向からすると上りから下りに入つた地点に交差点があり、事故当時同交差点の対面信号は青であつた。

(2)  当夜は雨が激しく、被告車は時速五〇乃至六〇キロで進行し(制限時速五〇キロ)、上りから下りに入つて、交差点の対面信号が青であつたのでそのまま通過し、右盛土に乗り上げたところ、被告車が大きくバウンドし、車体は後部を右に振つて旋回を始めた。被告はブレーキをかけ、ハンドルを右に切つて制御するも及ばず被告車は半回旋しながら約四〇メートル進行して、折柄対向車線センターライン寄りを走行して来た原告車前部に衝突するに至つた。

(3)  当夜、被告はビールを若干飲んではいたが量も少いし、時間も経つていて、事故直後の酒量検査の結果によるも規定量に達せず、被告車のタイヤがすり減つていた事実があるが別段走行、制動に影響はないし右バウンドの結果の制御に何らの影響を及ぼすものでもなかつた。

又その速度も制限速度か又はこれをややこえる程度であつて、とり立てて過失という程ではないし、まして右バウンドと因果関係があるものではない。従つて事故発生につき被告には何らの過失もない。

(4)  本件事故現場は見通しよく、而も事故当時通行車の量はきわめて少かつた。

然るに河西健次郎はその進路前方に原告車が被告車と衝突して停車しているにもかかわらず、前方不注視のまま漫然進行した過失に因り、追突寸前においてこれを発見しブレーキを踏むも及ばず原告車に追突し、原告らの損害を拡大するに至つた。

右のとおりであつて被告には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに補助参加人東京都の道路管理上の瑕疵と河西健次郎の前方不注意の過失によるものである。

(二)  (過失相殺の抗弁)

仮に被告に何らかの過失があつたとしても、原告松林には前方不注視、損害回避を怠つた過失があるものである。

(1) 当時同原告には先行車、併進車はもとより対向車もなかつたし、見通しは極めてよかつた。

(2) 対向車である被告車がバウンドし、右に大きく回旋し始めた当時、原告車と被告車との間には、一〇〇メートル近く少くとも数十メートルの距離があり、而も原告車はセンターライン寄りを走行していたので、左方に少くとも六メートル以上の回避余地があつた筈である。

(3) 然るに同原告は、漫然進行していたため右前方約一〇〇メートル前後の地点において大きく回旋を始めた被告車に気付かず、(原告らが被告車に注意していなかつた点は被告車が二、三回回転したと云つている点からも明らかである)衝突直前において辛うじてブレーキを踏んで停車措置をとつたにすぎない。

右のとおりであつて事故発生については原告松林の過失も寄与しているのであるから、同原告の賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

また原告宮元は、原告松林と妾的関係にあり、本件事故当時も右関係から原告車に同乗していたものであるから、家族関係と同視され、過失相殺におけるいわゆる被害者側に属するものといえる。

従つて原告宮元についても原告松林と同様、賠償額の算定につき同原告の過失が斟酌されなければならない。

四  (補助参加人の事実主張)

(一)  本件事故発生地点を含む現場附近の道路(以下本件道路という)は、被告補助参加人東京都の管理するものである。

本件道路の維持管理の事業担当は、東京都第五建設事務所に属し、同所において連日管内道路のパトロールを実施して、交通の安全を妨げる事態の起らないように、道路の管理上の瑕疵の発見及び道路の補修を行なつている。

しかし、本件道路については、事故発生日のパトロールの結果現場の舗装状況をも含めて何らの異常も認められなかつたものである。従つて、本件事故発生時には、本件道路の管理の瑕疵に該当する事実は、全く存在しなかつたものである。

(二)  なお、本件事故発生直後、臨場した所轄の警視庁亀有警察署の交通事故担当の警察官も、本件事故の発生原因として本件道路の管理の瑕疵を何ら問題としておらず、また、本件事故の後に右警察署の担当警察官に対して口述した事故当事者の各供述中にも、本件事故が本件道路の瑕疵に起因するものであるとする主張は見られないのである。

第五被告らの主張に対する原告らの答弁及び反論

一  過失相殺の主張は否認する。

二  原告宮元志げ子の後遺障害の程度について

(1)  被告らは、右につき労災保険級別等級六級に該当する旨の診断を争つていたが、被告の申請にかかる朝倉鑑定の結果かえつて原告宮元に対する当初の診断の正当性が立証されたところである。

ところで、被告らは右後遺症では労働能力の喪失をもたらす事由とならない旨主張するが、これは全くの独断である。原告は、宮元志げ子の後遺症について、その程度を表わす一つの基準として労災保険級別等級六級に該ることを主張しているのであつて、これのみを唯一の基準として同人の労働能力の喪失率を論じているのではないから、仮に右労災保険級別表各級を被告らの所論の如く解釈したとしても問題とならない。

(2)  労働能力の減退率については、種々議論の存するところであるが、労働能力を単純に身体的障害の程度により肉体的作業の可能性(生理学的に見た運動の可否)の範囲を決定することに限定し肉体的作業の可能性だけを労働の持つ財産的価値と看做することは合理的ではない。

今日の社会制度を前提として労働能力の減退率を問題とするならば、右のほか、労働の機会の難易、継続性、将来の保障制度の有無、経済情勢(労働市場)、労働意思に対する刺激性の有無などの社会経済的諸事情とそのもたらす社会的意義をも考慮しなければならない。蓋し、これらの事情を捨象して労働に財産的価値を付与できないからである。

(3)  次に、人は原則として働かなければ生活できないという社会経済体制なのであるから、その有する労働能力自体に財産的価値を認め、現実の収益の有無に拘らず、それに対する侵害(喪失)に対しては損害賠償を請求しうるものとしなければ不合理である(労働能力喪失説)。

ところで、原告宮元は、外貌の醜状、脊柱の運動制限、神経障害の後遺症が認められ、これらの症状に基づく身体的障害の程度を見ると、脊柱の運動制限は労災級別八級二号、神経障害九級一四号というのであり、かなりの作業困難が推認される。また、外貌に著しい醜状を残し、客観的に見た場合には、通常の女子であれば労働の機会を得るにやや困難であるほか、本人自身の労働生活、社会生活への希望を失わせしめることが容易に予想される。これらを考慮すれば、原告が労働省通牒の労働能力喪失率表を根拠として喪失割合を六七%と主張することは決して不合理ではない。

三  治療費について

被告らは、篠宮医院の治療行為が過剰、濃厚であるとする。しか、被告らのこの点の主張は全く理由がない。

一般論として、患者は自己の症状恢復に有効なあらゆる治療行為を要請出来る立場にあり、現行法制上これを制限しうる論理はありえない。また、医学的見地からして、特定の疾状に対する治療としては今日の最高の技術水準をもつて唯一の治療と認められる場合を除けば複数の選択的、あるいは併列的な治療方法がある。そして、その場合いかなる治療行為を実施するかを決定しうるのは、患者本人又は親族であり、次いで医師の判断である。

ところで、過剰診療、濃厚診療の概念であるが、これは極めて俗語的であり正確を欠くといわなければならない。蓋し、特定の病気には共通の症状が認められるが、その症状の進展度、回復度、治癒時期は、患者の年令、性別、体質および環境によつてかなりの差異を生じるからである。従つて、治療期間の長短は、それ自体過剰診療かどうかの判断の基準とはなり得ない。治療方法についても、前述のとおり複数の選択的あるいは併列的治療が可能な場合には、いずれの方法をとるかは患者と医師の判断により決定しうることであり、その選択した治療方法が医学的見地から異論なく否定又は消極視される有害のものでないかぎり適正治療といわなければならない。

特に、原告らの頸椎損傷に対する治療については、いまだ確立された治療法はなく、夫々の医師の判断に委せられており、今後の研究にまたれている部分が多い。従つて、被告らの主張は、原告らの具体的な治療経過と症状の椎移を捨象して、専ら治療期間が長いことに不信を抱いた根拠のない議論であり、被告は原告らの治療につき何等誠意を示さず漫然と放置していたのであつて、治療費の増大は被告の責に帰する。

第六証拠関係〔略〕

理由

第一  (事故の発生と責任の帰属)

請求の原因第一項中(一)乃至(五)及び原告車が損壊したことについては当事者間に争いがないので、本件事故の具体的態様及び過失相殺の主張について検討する。

一  〔証拠略〕を併せ考えると次の事実が認められ、乙第一号証の記載及び原、被告各本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、乙第二、第六、第一四号証中の道路状況の記載も未だ右認定の妨げにはならず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1)  本件事故現場は東京都葛飾区(南南西)から千葉県松戸市(北北東)に向け通ずる車道幅員約一六メートルの直線道路(通称水戸街道。以下本件道路という)上にある。右車道は片側三車線あり、コンクリートで舗装されていたが事故当時は降雨のため路面はぬれていた。本件道路上事故地点から約九〇メートル東京方向寄りの地点に信号機の作動している交差点があり、被告車の進行方向から見ると道路がやや上り坂から下り坂に入つた地点に右交差点がある。

(2)  本件道路は両側に三五乃至四〇メートルの間隔で三〇〇ワツト水銀灯の照明灯が設置されていて明るい。

本件道路の見通しは良い。

(3)  被告は本件道路を東京方向から松戸市方向に向け時速約六〇キロで進行し本件衝突地点から約九〇メートル手前の地点に差しかかつた際、走行中の前車を認め、これを追越そうとして自車の進路を左側にかえようとしてハンドルを急に左に切つた。

(4)  ところが被告車のタイヤが右前輪を除き著しく摩耗していたことと、路面が雨のためぬれていたのに速度が出すぎていたこと等のため、被告車後部が右の方にとられるようになつたのであわててハンドルを右に切つたため運転の自由を失い、回転しながら対向車線に進入し、折から対向進行中の原告車に被告車を衝突させた。右事故により被告車の同乗者である中山和彦、鈴木実が死亡した。

(5)  原告松林は衝突地点から約四七メートル手前で被告車を認め、危険を感じて停止したところに被告車が衝突して来たため、回避の余地はなかつた。

(6)  一方河西健次郎は車(以下河西車という)を運転してセンターラインの左寄り一メートル乃至一・五メートルのところを原告車の後方三五乃至四〇メートルの間隔を置いて追従していたが、原告車と被告車が衝突したのをみて、急ブレーキをかけたが、間にあわず原告車に追突した。

(7)  原告車は被告車に前部をぶつけられて少し後退したところを河西車に追突されたが、ブレーキを踏んでいたので衝撃はそれほど強くはなかつた。

(8)  当時被告は酒気を帯びて運転していたものであるが、事故三時間後の警察官の検査では呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以下の判定であつた。

(9)  当時本件現場附近は、路面に少し凹凸があつて車が少しはずむ位のことはあつたが、車の通常の走行に支障を来たすほどのものではなかつた。

二  右事実によれば、雨のため路面がぬれている様な場合にタイヤの摩耗している車両を運転し高速のままハンドルを急に切れば運転の自由を失うことがあるので、そのような場合には急なハンドル操作を差控える注意義務があるのに被告はこれを怠つたことにより本件事故が惹起されたものというべく(河西に過失があつたことは窺われるが、仮にそうであつたとしても、被告の過失がなければ河西車の追突は発生しなかつたと認められるから、原告らの損害の全部又は一部につき被告と河西が共同不法行為責任を負うことがあるのみであり、被告が責任を免れる理由にはならない。)、被告は不法行為者として本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

被告は原告松林及び被告補助参加人に過失があつたと主張するけれども、同人らに過失が認められないことは前認定のとおりであるから、被告の右主張は採用出来ず、被告は後に認定する原告らの全損害を賠償すべきものである。

第二  (事故と傷害の関係)

(原告宮元関係)

一  〔証拠略〕によれば次の事実が認められ、原告松林本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は採用できず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告宮元は本件事故により右顔面不正形多発性割創、右顔面・頭部打撲、前頭割創、頸椎打撲、胸部打撲等の傷害を受け、昭和四四年六月一三日から同年七月一八日まで東京都葛飾区内の第一病院に入院、同月一九日から同年一〇月二〇日まで通院(実日数一四日)、同月二一日から昭和四五年一月三一日まで東京都江東区内の篠宮医院に入院、以後現在まで通院中である。

昭和四四年一〇月二一日原告宮元が篠宮医院の診断を初めて受けたときは、顔面醜形の外、頭部・項頸部痛、視力障害、左手のしびれ感、肩こり等の訴がなされ、他覚的には、左眼球運動の障害、脳波異常、顔面知覚障害等がみられた。

二  朝倉鑑定の結果によれば昭和四六年一〇月末において、原告宮元には自覚的症状として、視力低下感乃至眼精疲労、頸部のこり、手のしびれ、身体の易疲労性、記憶力低下感等があり、他覚的症状として、右前額部より側頭部にかけての皮膚瘢痕及び同部の知覚鈍麻、頸椎の椎体の変化、運動時の配列の変化がみられることから、同原告の後遺症状は総合評価すれば労災等級別六級に相当する旨の判定がなされている。

(原告松林関係)

一  〔証拠略〕によれば次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  原告松林は本件事故により頸椎打撲関節包障害、右肩・肘部打撲、右尺骨頭皹裂骨折等の傷害を負い、昭和四四年六月一三日から同年一〇月二〇日まで前記第一病院に通院(治療実日数一八日)、同月二一日から同年一一月四日まで前記篠宮医院に通院、同月五日から昭和四五年一月三一日まで同医院に入院、その後同年二月一日から現在まで同医院に通院中である。

三  原告松林が昭和四四年一〇月二一日篠宮医院の診断を初めて受けたとき、項頸部痛、後頭部痛、頭痛、めまい、眼精疲労、右上肢のしびれ感或いは知覚鈍麻、耳鳴、聴力障害、肩こり、記憶力障害、全身倦怠感、易刺激性等が自覚症状として訴えられ、他覚的には、左上肢及び下肢の腱反射の亢進、頸椎の配列異常等がみられた。

同原告は現在もなお頸部、頭部痛などの自覚症状に悩まされている。

そこで原告らの損害は次のとおり認められる。

第三  (損害)

(原告宮元分)

一  治療関係費 金一九三万六四五〇円

(一) 治療費 金一九〇万八六五〇円

1 〔証拠略〕によれば原告宮元は第一病院に治療費金四〇万八六五〇円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。

2 原告宮元は昭和四四年一〇月二一日から篠宮医院で治療を受け昭和四七年四月三〇日までに治療費合計金四一九万一六九〇円を支払つたと主張し、これにそう〔証拠略〕がある。しかしながら右各記載及び供述は後記のとおり到底採用し難く、結局当裁判所は本件全証拠によるも原告宮元がその主張どおりの治療を受け、主張どおりの治療費を支払つたとの心証を得ることができない。その理由は次のとおりである。すなわち

(1) (治療費、治療内容、回数について)

〔証拠略〕によれば原告宮元は、別表第一、第三記載のとおりの内容、回数の治療を受けたことになるが果してそのとおりとすると

(イ) 右治療費は当裁判所が同種事案において経験する治療費の社会的水準に比し、又篠宮医院に先立つ第一病院の治療費に比しても余りに高額と思われ、治療内容、回数についても異常に多いとの感じを受ける(もとより治療費治療内容は個別性が強く、病院や医師間の格差があることを念頭においてもなお)。

(ロ) 篠宮医院の治療法の主体である星状神経節ブロツク法は局部麻酔剤で神経を麻痺させ血行改善によつて治療的効果をあげるものであるところ、局部神経の麻痺を伴うためその副作用を考慮し、連続長期にわたり使用することは疑問視する見解も有力であり少くとも通常は数回継続して効果がなければ中止したり、副作用をみたりするものであるのに本件ではそれがなされた形跡がない。〔証拠略〕

(2) (カルテの記載について)

(イ) 取寄せにかかる原告宮元のカルテ写(〔証拠略〕)の記載形式がごく一部を除いて整然としており、その内容も処方が画一化されていて、後日一括して真実に反する記載がなされた疑いが濃い。

(ロ) 住所を異にし、夫婦でもない原告宮元と原告松林が昭和四五年一〇月一三日から昭和四七年一〇月五日まで一日の狂いもなく同日に通院加療をした旨の記載がある。

(ハ) 篠宮医院は祭日、日曜は休診日とされている(篠宮証言)にもかゝわらず、昭和四五年一一月三日、昭和四六年一月二日の両日には、原告宮元、同松林が診療を受けた旨の記載がある。

(3) (金員の授受について)

(イ) 原告らの治療費の支払に際しての金員の授受に関する篠宮証言は甚だあいまいであり、原告らが主張する如き金員の授受があつたことを納得せしめるには十分でない

(ロ) 篠宮医院の治療法は神経節遮断法を主体とする索引、電気療法、投薬、注射等単なる対症療法のみがされており、その間殆ど症状の改善がみられていないにもかかわらず、他の然るべき病院や医師の診断を仰ぐこともせず、長期間にわたり何の疑問もなく前記の如き高額の治療費を篠宮医院に払い通院し続けることは、社会常識からも原告らの収入、資産状態からみても理解しがたい

以上の諸点を併せ考える原告宮元が前示のような治療は受けず、治療費も支払つていないとの疑いが非常に濃いものである。

3 右の様な次第で原告宮元が主張するとおりの治療費を認めることはできないのであるけれども、

既に認定した原告宮元の傷害及び後遺症の部位程度、入院日数、第一病院の治療経過、治療費額、〔証拠略〕(篠宮医院の治療費は健保基準の二・五倍という算定方法がとられている旨、篠宮医師は星状神経節ブロツク療法、後頭神経ブロツク療法を相当多用してよいとの見解に立ちこれを実行している旨の証言)及び弁論の全趣旨を綜合すると原告宮元が少くとも金一五〇万円相当の治療を篠宮医院において受けたことが推認されるので、その限度で、被告に負担させることとする。

(二) 入院雑費 金二万七八〇〇円

前認定の原告宮元の傷害の部位、程度、入院期間からみて入院期間合計一三九日間につき一日当り金二〇〇円宛の雑費を要したものと推認される。

二  休業損害 金一八万五五〇〇円

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告宮元は信興電機株式会社に勤務し、月収金二万六五〇〇円を得ていたところ、本件事故により昭和四四年七月から欠勤するのやむなきに至り、昭和四五年一月までの間に合計金一八万五五〇〇円の給料を得られず、同額の損害を蒙つた。

三  逸失利益 金六一万円

(1) (頸推打撲等の後遺症について)

前認定の後遺症の程度及び労災補償保険上労働能力喪失率の基準とされていることが職務上顕著である労働基準監督局長通牒(昭和三二・七・二基発第五五一号)を綜合すれば、原告宮元は右後遺症により昭和四五年二月から約五年間にわたり労働能力の四五%程度を喪失したものと認めるのが相当である。そこで前記月収二万六五〇〇円を基礎として右期間の逸失利益の昭和四五年一月末の現価をライプニツツ計算により求めると、次のとおり金六一万円(万円未満切捨)と算定される。

26500円×12×0.45×4.3294=619537.14円≒61万円

(2) (外貌の醜状の後遺症について)

この点については逸失利益の存在につき具体的立証がないので、慰藉料の算定の際斟酌するにとどめる。

四  慰藉料 金二〇〇万円

前認定の傷害の部位、程度、治療経過、後遺症の程度、原告宮元の年令、外貌醜状の後遺症のため収入面で蒙るであろう不利益、乃至はその治療のため形成外科的手術の費用を要すること、その他一切の事情を考慮すると本件傷害及び後遺症による原告宮元の慰藉料としては金二〇〇万円が相当である。

五  損害の填補 金一〇〇万円

してみると本件事故による原告宮元の損害は金四七三万一九五〇円となるが同原告は本件事故による損害に関し、自賠責任保険から金一〇〇万円の給付を受けていることは当事者間に争いがないから、これを右損害額から控除した残額金三七三万一九五〇円が同原告の蒙つた損害となる。

六  弁護士費用 金四〇万円

以上のとおり原告宮元は金三七三万一九五〇円の支払を求めうるところ、弁論の全趣旨によれば、被告はその任意の支払をしなかつたので、原告宮元はやむなく弁護士たる原告訴訟代理人らにその取立を委任し、報酬として金七五万円の支払を約していることが認められこれに反する証拠はない。

しかしながら本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと被告に負担せしめうる原告宮元の弁護士費用相当分としては右のうち金四〇万円をもつて相当と認める。

(原告松林分)

(一)  治療関係費 金一〇四万三八〇〇円

(1) 治療費 金一〇二万六二〇〇円

(イ) 〔証拠略〕によれば、原告松林は第一病院に治療費金二万六二〇〇円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。

(ロ) 原告松林は昭和四四年一〇月二一日から篠宮医院で治療を受け、昭和四七年四月三〇日までに治療費合計金三九〇万三九九五円を支払つたと主張し、これにそう〔証拠略〕がある。しかしながら右各記載及び供述は、前記宮元の項(第三、一の(一)の2)で検討した諸事案の外、原告松林が受けたとされる治療内容、回数(前掲各証拠によれば、別表第二、第三記載のとおりである)、取寄せにかかるカルテ写(〔証拠略〕。原告松林に関するもの。)を併せ検討した結果前記宮元の項第三、一の(一)の2で説示したと同一の理由で到底採用し難く、結局当裁判所は本件全証拠によるも原告松林がその主張どおりの治療を受け、治療費を支払つたとの心証を得ることができない。

(ハ) 右の様な次第で原告松林主張どおりの治療費を認めることはできないのであるけれども、既に認定した原告松林の傷害及び後遺症の部位、程度、入院日数、第一病院の治療経過、原告らの治療費額、〔証拠略〕(前記宮元の項で説示した治療費の基準と治療方法)及び弁論の全趣旨を綜合すると原告松林が少くとも金一〇〇万円相当の治療を篠宮医院において受けたことが推認されるので、その限度で、被告に負担させることとする。

(2) 入院雑費 金一万七六〇〇円

前認定の原告松林の傷害の部位、程度、入院期間からみて入院期間合計八八日間につき一日当り金二〇〇円宛の雑費を要したものと推認される。

(二)  休業損害 金一〇五万円

〔証拠略〕を併せ考えると次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告松林は信興電機株式会社代表者として月収一五万円を得ていたところ、本件事故により昭和四四年八月から昭和四五年二月まで欠勤するのやむなきに至りその間の得べかりし収入合計金一〇五万円相当の損害を蒙つた。

(三)  慰藉料 金六〇万円

前認定の傷害の部位程度、治療経過、後遺症その他一切の事情を考慮すると本件傷害による原告松林の慰藉料としては金六〇万円が相当である。

(四)  車両損害 金二四万四九四八円

〔証拠略〕により原告松林主張のとおり認められる。

(五)  積荷損害 金一八万円

〔証拠略〕により原告松林主張のとおり認められる。

(六)  損害の填補 金一〇〇万円

してみると本件事故による原告松林の損害は金三一一万八七四八円となるが、同原告は本件事故による損害に関し、自賠責保険から金一〇〇万円の給付を受けていることは当事者間に争いがないから、これを右損害額から控除した残額金二一一万八七四八円が同原告の蒙つた損害となる。

(七)  弁護士費用 金二五万円

以上の通り原告松林は金二一一万八七四八円の支払を被告に求めうるところ、弁論の全趣旨によれば、被告はその任意の支払をしなかつたので、同原告はやむなく弁護士たる原告訴訟代理人らにその取立を委任し、報酬として金三七万円を支払うことを約していることが認められ、これに反する証拠はない。

しかしながら本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと被告に負担せしめうる原告松林の弁護士費用相当分としては右のうち金二五万円をもつて相当と認める。

第四  よつて被告に対する原告らの本訴請求中、原告宮元については、金四一三万一九五〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年一月一五日から、原告松林については金二三六万八七四八円及びこれに対する前記昭和四六年一月一五日から、それぞれ支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分はいずれも理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、第九四条を、仮執行宣言については同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤寿一)

別表

第一 (原告宮元分)

〈省略〉

別表第二 (原告松林分)

〈省略〉

別表第三

〈省略〉

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